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阿部眞由美 展  千駄木画廊にて 展評:本多裕樹  2026年6月6日 記

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  阿部眞由美 展  千駄木画廊にて 展評:本多裕樹 幾日前、千駄木画廊での阿部眞由美女史の美術展に足を運びました。女史は自由美術協会 会員でベテラン作家であり、公募展作家であります。 名の通った方であるのを私は知ってました。 その方が個展を数年ぶりにすると言うことで大変、貴重な機会だと思い、まだ知れぬ阿部芸術の全貌を見るに至るのであった。   千駄木画廊を入る頃、大きな布に出会う。絹地に描かれた墨の墨象、広がりのあるぼやけた夢、墨が滲み、すっと見ていられ引き込まれて行く。ところどころ草花が見受けられる。花のような、草が風に靡かれているような、そんな空気感を感じ、ゆっくり観て、また墨の世界に夢見がちになる。そのようなアート作品、   さながらサム・フランシスに通じるものを感じました。水気があり、滲みの世界が百花繚乱を覚える。 華やか色は無しか、東洋美術の伝統と、墨によるかすれにじみがゆるく華やかである。 印象派に行くのか? もしくは、抽象におけるスーパーリアリズムか。   序章であろうか、小品が続く中、阿部女史の確信にせまる。 ここから様子が変わってきた。これが真意と言えるのか、何かオカルトのような、魔法少女まどか☆マギカに出てくる魔女のような、西洋の魔法を思わせる文様、深淵の魔女の世界、そのような力のあるマテリアル、もしくはお守りのような強く訴えてくる芸術、 ようやく、本番に入った。序盤でかなり内容の濃い作品の中、足を進め真打登場のようであります。 このシリーズを観て、ラファエル前派を見る、森の奥にある草木、植物、草、花、生命の感覚を阿部女史の絵から見受けられる。 内面世界の秘儀にある。虫?のようなものも発見、 西洋、特にイギリスを見受けられる。 絵の質感が草木、 祈り、森の世界が広がり、妖精の世界何か? また、深海を巡っているような、そこに森とケルト世界の森の古代を感じたのは私だけだろうか、葉の図の一枚一枚がそれを伝える。 深い祈りが込められた作品の数々でありました。 これらの作品群はパウル・クレーなのかと思わしきものがあるが、それも違う。もっと植物に関する生命感のある線とマチエール。そういう意味ではクレーと繋がる。 もっと、魔法的な力が込められている。 夜会、 夜の夢、 細かいところまで描き塗り込める。そこに祈りを超えて、...

高倉和郎 展  展評:本多裕樹   2026年5月17日 記

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  高倉和郎 展  展評:本多裕樹   高倉和郎展 2026年5月11日月曜日~16日土曜日 まで、 略歴 1983~東京展出品      ・東京展優秀賞(2016)・東京展賞(2018) 個展 1991/Be -Art     /2024   アートスペース銀座ワン /2016 地球堂ギャラリー   2019/GALLERY SIMIZU グループ展 地球堂ギャラリー、ギャラリー創、ギャラリー暁、ギャラリーGK、GALLERY SIMIZU、ギャラリーセイコウドウ ある日、先週のことその日は休日で平日の昼の余韻が響くころ、私の道は銀座まで電車に乗り、向かっていた。日比谷線の東銀座を下車し歌舞伎座の中を通り外に出た。太陽の光が燦々としていた。だが少し涼しくもあった。今回の展示、高倉和郎氏の個展を鑑賞するためギャラリー暁に向かう。 ほどなくして画廊に入り、廊下を奥まで通ったところに作品に出会う。 高倉氏に少し会釈して、アートに対峙した。 初期の作品であろうか、いつも見ているものと違う。高倉和郎氏は東京展の名物的な作家である。DMのハガキ通りのと思いきや、これは生き物、生物の気質を感じた。海の生物、形而上生物がここに絵として現れ再現されている。色は抑えられ、赤が目立ち、黒の世界は無を、宇宙の、無を感じる。または深い淵の深海の世界をその生物と沈黙に浸らせる奥行きを強く感触が心理的生物として一つのミステリアスを感じました。   この作品を見れば周知の通りの高倉和郎氏の作品だとわかるアイコンにもなる代表的なスタイルである。初期の作品からの連続性からこの絵からストライブが入りまるで鳥居のような役割をし、その奥にある形而上生物を抑え封印しているのを感じた。ストライブは光の束であり理知の柱に見える。奥にある神聖な存在を守護しているのか、または力を増強しているのか、それは神聖なものに見えてくる。 思考の形、 思考の図、 思考の象徴に見える。 そして、奥にある心理的な生理を鳥居により、聖なるものと俗なるものを分けているのだ。   静かな夢、峻厳な山の厳しさ、そして残酷なほど人には立ち入ることはできない自然、ただ、自然、人間ではどうにもできない大いなる大地と天空で人間では及ばない厳しさをこの絵から感じる。人間が...