休日の雑談1


今日はつかれた、と言ってもまだ朝なのだがね。今日は仕事休みです。しかし、なぜか朝からつかれている。

なにかにつかれているのか、そんなことはないとしても、疲労にやられている。

こうして文章書く元気はあるにはある。

音楽を聴きながら、喫茶店で文章書いて、コーヒーにケーキをたべている。

これが私にとってリラックスタイムであるかもしれません。

メインの文筆の「イデアの考察」、「手記」、「第7詩集」を書き進めていますが、なかなか進まないものですね。亀です。亀のようなスピードで執筆しています。けっこうしんどいと思う時があります。でも、少しずつ書いています。「イデアの考察」は自分にはちょっと高めの格の書籍でありなかなかむずかしい、でも完成したら自信になると思うからやっています。

まあ、仕事もしっかりやって趣味を楽しめる余裕があるからけっこういい気分であるともいえます。

昼には友人に会い話をします。休日には友人に会ってコミュケ―ションとっています。もちろん電話もありだが、実際に会って真剣に話すのも大事だし、いろんな意見交換も大事だったりします。

情報も得られるし、自分も意見が言えて、友人からも意見もありとても勉強になるからいいのだ。しかし、ヲタクの友人の話は一方的に話してまくしたてるように攻めて話して電話をしてくるのが時々でくわしますが、それはけっこう苦手としています。でも、普段、自分の
話を聞いてくれる人や意見を言ってもいい人もいるので、それはそれでたまにはまくしたてられるのもまあ、我慢する時間もあってもいいと思っています。

さて、わたしのこのブログでの趣旨は美術について語ると言う事でありますが、とくに私は絵画を専門にしています。

最近は、フィンセント・ファン・ゴッホの絵を見ています。いっけん下手なんだよね。でも魅力が詰まっているっていうかやっぱり美しいんだよ。わかるかな下手なんだけど感動がある。そして、すごい絵なんだと思っちゃうんだよ。

絵の初心者はジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルとかレオナルド・ダ・ヴィンチが好きかもしれない。またはルーベンスが好きな人もけっこういるだろう。

でもね、下手な絵ってみているとなにかすごい魅力がある。それも美を知っている人の絵ね。下手というのはアカデミックな様式じゃないそれを逸脱した絵画だ。斜め上から攻めてくる別視点から美の衝撃、でも、ゴッホの絵って内側から爆発してくる美の衝撃だ。それがないとなんていうか趣味に絵になってしまうのだ。

趣味の絵と本物の絵はやはり違う。

美の確信の無い絵はいくら上手に描いても趣味でしかないんだと思うよ。

ゴッホは美しいと言える。

他の人は違うかもしれない。

上手な絵とゴッホの絵をどちらか買うとしたらゴッホの絵を買いますよ。でも、今はかかっくがはねあがって買えませんけどね。庶民じゃ買えませんね。損保ジャパンがゴッホの
「ひまわり」をコレクションしていますね。あとゴーギャン、セザンヌももっている。わかっているね。このゴッホ、ゴーギャン、セザンヌはすごいものだよ。

美術は魔力かもしれない。

一ドルにしかなかった絵が今や100億円規模で市場で価格されている。

無名の画家の絵がはねあがるのが美術品の面白さかもしれません。

あと、何かな奇行のめだつ画家とかいる。僕なんかもそうなんだが、他の画家を見ても天才的な絵描きは気違いみたいな人がいる。

それは、自由な精神をまもるための狂いであり精神保護システムが発動していると言えよう。

でも、絵見ればわかる。その人の格が。なにをしようとしなにを考えているかわかる。しかし、私は超能力者でないので作者のすべてがわかるわけでないが、そこそこわかる。趣味っていうかこの人は何を美としているかがね。

そういう意味で面白いよ。芸術ってやつは!

もう、秋だし、芸術でもたしなんでみてはいかがでしょうか。




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