述回12
今日もこうしてはじまりましたね。今朝はいつもの
食パンにあんずのジャムをつけたやつ
はちみつのヨーグルト
ブレンドコーヒー
ハム一枚
みそ汁
でした。
出勤して考え事をしていた。昨日、はがきが届き裸婦デッサンをしないかという通信が来た。
裸婦か・・。
裸婦をデッサンして何がたのしいのだろうか考えた。ただ、裸の人間を画用紙に鉛筆で描くだけ。しかも余計な指導もはいるのだろう。ストレスでしかない。休日に勉強とかかなりしんどい。
できれば参加したくない。でも義理ごとゆえに、しかも、付き合いってやつだ。
しかたないと思うが、できるだけ、参加するようにスケジュールを見てみようと思う。
ていう感じで、今でも美術の世界では裸婦は通用するか。最近、モディリアーニの裸婦が高価格でオークションで落札したそうだ。意味があるのかないのかわからない。
私の友人でも裸婦に執着して毎週描いている人がいるが、実際、意味があるのかわからない。
裸婦を描く意味がわたしにはよくわからない。なぜ裸婦なのか。正直つまらない。
私も学生の時があって裸婦とか懸命に描いていた。勉強のためにね。
でも、いまさら勉強はしんどい、休日は休みたいし休養をとりたい、自分の時間を大切にしたい。
あと、私は教わるのがきらいだ。師弟関係とか苦手で、いろいろごちゃごちゃ言われるのがストレスたまる。
デッサンを教える先生からしたら信者獲得というか生徒を従えたいという欲望もあるのか、自分が権威者である事を高めたいのであろうか。
そういう所もあるだろう、生徒があればお金も入る。お金を搾取できる。そういうこともあろう。
いやだね、でも、付き合いも大事だ。
断った方が身のためか?そう思うきょうこの頃。
つまりだ、実際、僕は絵を描くのが苦手なんだ。絵を描きますけど、大勢で描くのが苦手だし、絵を描くって本当にプライベートなことなんだ。
しかも、喧嘩してしまうし、僕はね、先生と喧嘩もするし、調和を乱すそういうこともある。
裸婦デッサン会は断る事にします。
それがいいと思いますよ、けっこうしんどいし、デッサンとか集団で描くのもしんどい。
その、講師というか先生は、僕の絵がアンリ・マチスに似ているからそのマチスの画集を見せてあげるという。
まあ、それはいいとして、僕もわるいのだ。休日くらいは休ませてほしいと思います。
でも、付き合いで参加するのもいいだろう。ストレス覚悟で。
わたしは絵を描くのが好きじゃないのか、好きな人にはいいかもしれない。好きでもない人にそのデッサン会をすすめるあたり、僕が絵が好きだと思われているのだろうか。そうだろう。
実際、僕は絵を描くのがしんどい、できれば描きたくないと思っている。でも、描いている。
絵を描くのはガマン大会か?
僕は下手でもいいので下手な絵を歌っていたい。
自分の歌を唄っていきたいと思います。たとえ、下手と言われようともね
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