詩人は、1

詩を書くのがしんどい。あれはやはり気が狂わないと書けないだろう。もう何か狂気であるね。

むかしの詩人はアブサン飲んだりやばい薬やって書いていたんだった。現代のミュージシャンでも薬に頼って霊感を呼び起こし、普通じゃ考えられない名詩ができてしまう。

詩ってやつは、

マジメに書いていても名詩はできない場合が多い

案外、

女にだらしなかったり、薬に依存していたり、酒中毒の人が、はっとするような究極の詩を書いてしまう場合がある。
文学史的に言えば、シャルル・ボードレールとかランボー、ヴェルレーヌとかの天才詩人はやっぱりやっていたんだ。

これは事実だから仕方ない。

僕はコーヒーに頼っている。スターバックスのコーヒーを飲むと2杯目くらいで頭がくらくらして文筆が進むのだ。断っておくが、あぶない薬とか、あぶないモクはやっていない。やっているのはスタバのコーヒーでスイッチが入ります。

詩はそういう意味では奇跡だったり、狂気であったり、危なかったりします。脳内の麻薬がすごい出るんだよね。

ある写真を専門にしている友人が、詩は文芸の中で一番むずかしいものだと言っていたが、そうかもしれない。しらふで書けるものでなから。どこか狂っていないのむずかしい、常識ではやっていけない。

私の家に、ある詩人が書いた生原稿がとどいた。ほとんど病気に思えた。そうでもしないと書けないのかもしれない。恐ろしいと思った。

文芸をやっている人はけっこう病気になっている人が多いのではないか。だって、しらふで書ける人にあったこともある。しかし、病的な人ともあったことがある。まじめなしらふの人はすごい詩作においてストイックでしっかり書いていたが、人間が壊れ気味で病的の人の詩を朗読で聴いて原稿でも読んだが、なにか天才的だった。しかし、人間的には壊れていた。まじめでストイックな詩人はやはり真面目であった。

詩人の天才型というのは病気になっている人に思えた。しかし、いい詩を書くのだ。

不公平なのか?

そんなことも考えた。詩人の天才型がおかしいがすばらしいものを書くことがわかった。でも、これを読んでいる読者はあぶないモクや、あぶない薬に頼ってはいけない。僕がおすすめするのはスターンバックスのコーヒーが酔える。あれは内臓にもいいからいいですよ。


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